海豚
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
雨が降ったわけじゃない。
いや今日はむしろ逆に晴れ晴れしい天気だ。
どうしてこの男と私はお風呂なんか一緒に入ってるんだろう。
そう、いきなり晴れ晴れしい日の夕方に街中で黒崎と会った。
いつもだったらお互い皮肉言って、私がちょっとだけ苦しんで、それで終わりだったのに。
『ちょっと来い』
…その一言でほいほいとホテルまでついてくる私って一体どういう神経しているのだろう。
でもあいつのことだ。
きっと仕事でまた私を利用するつもりだ。
仕事に利用するために私の処女を奪った男だ。
(しかし、さすがにちょっと罪悪感があったのか、ニ、三日は優しかった)
だからきっとまた。
そう、わかっていて、なんで私はついていくのだろう。
好きな男のためならなんだってしてやりたい。
だけどこんな捧げ方、間違っている。
ああ、きっと、やっぱり私は愚かなんだ。
一人になって、自己嫌悪に陥る時間が増えた。
あの男のせいだ。
全部、全部、全部。
なのに、どうして離れたくないんだろう。
冷たくされても何かしてやりたいって思ってしまうのだろう。
「おい、吉田。お前、いつまで入ってんだよ」
「…きゃっ…ノックくらいしてよっ…」
「さっきからしてましたけど?」
黒崎がバスルームの扉を開けて顔を覗かせた瞬間、私は咄嗟に背を向けた。
「あー…わかった」
「…な、なに?」
「もしかして…期待してんの?」
「何を、よ…」
「ああ、なるほど。だから、わざと長く入ってたわけか。悪いな、気づかなくて」
「は?」
この男は私のことを考えない。
考えないでさっさと事を進める。
ああ、もう、せめてはっきりして欲しい。
仕事で利用するのかどうなのかくらい。
私が呆然としていると黒崎はバスルームから出た。
彼が出た瞬間、ほっとした。
だけど、それも一瞬だけ。
またバスルームが開けられればそこには上半身が裸で下半身をタオルで巻いて隠している姿の黒崎が現れた。
「ちょ、ちょっとなによ…」
戸惑う私を他所に黒崎は既に深くなっていた湯の中へと体を沈ませる。
「一緒に入りたかったんだろ?」
「はぁ!?」
なんでそうなる。
むしろ私は一人にして欲しかったのに。
どうして。
どうしてこの男はいつも私の望む答えと正反対の答えを返してくるのだろう。
そして私はその答えをどこか嬉しく思ってしまう。
最低だ。どこまでも最低だ。
「違う…わよ。あなたこそさっさと入りたかったんでしょ?気づかなくてごめんなさい。
今、出るから…」
私は体を不器用に手で隠しながらバスルームを出ようとした。
すると手を掴まれる。
「吉田、お前、洗ってねぇだろ。あー…しょうがねぇなぁ…」
「…は?」
「そこ、座れ」
「はい?」
「だから、座れ。体、洗ってやるって言ってるだろ」
私は言われるまま、台の上に座った。
黒崎はスポンジにボディソープをつけている。
どうやら特に深い意味はないらしく、純粋に体を洗ってくれるらしい。
…私ってやっぱりどこか期待しちゃっているのかな…。
と、呆然と考えていると背中に急に痛みが来た。
「ちょ、痛い…っ…」
「あ、わり」
私が痛いと言うと素直に謝る黒崎。
何か素直な彼は気持ち悪い。
こんな、純粋なの、気持ち悪い。
「…っ…」
ただ普通に体を洗ってもらっているのに変な声が出そうになる。
まるで行為をしているときのような。
ああ…!やっぱり私、絶対期待していたんだ…!
もう、最低だ…どこまでも最低な女だ…!
私が一人、自己嫌悪に陥っているのを他所に黒崎は私の体を優しくスポンジで磨いてくれている。
私もいつしか素直にそれを受け入れていた。
「…まぁ、こんなもんだろ」
「…ありがと」
「うわぁ、気持ち悪い…吉田が素直なんて」
「あなたの方こそ、気持ち悪いわよ!…な、な、なにもしないでただ本当に洗ってくれるなんて…」
「…ん?」
私の言葉に黒崎は眉をひそめた。
そしてニヤリ、と笑う。
「ああ…お前が期待していたのってこういうことじゃなかったな」
「え…」
「まだ洗ってない場所、あったの忘れてた」
そう言って彼は今度は自分の手にボディソープを数滴落とす。
私は嫌な予感がした。
嫌な予感は見事当たった。
ボディソープが馴染んだ彼の手は私の胸をやんわりと包んだ。
「…んっ…」
「期待してたのはこっちだったんだろ?氷柱…」
私の耳朶を噛みながら、私の名を囁く。
触れられるより何より感じるのは私の名前を呼ぶとき。
「く、ろさき…あなた、わかってて…っ…」
「さぁ?」
この男は私の何もかもわかっていたんだ。
抱かれることを期待していることも何もかも。
悔しくて涙が出てくる。
ずるい。ずるい。
私はあなたのことがわからないのにどうしてあなたには簡単に見破られちゃうんだろう。
私、そんなに簡単な女なの?
「…っ…」
「な、によ…」
黒崎は私の肩に唇を押し当てる。
「く、ろさき?」
私は不安で彼の顔を覗こうとしたその瞬間―
「んぅっ!?」
噛み付くように唇を重ねてきた。
何度も何度も重ねてくる。
私が窒息しないように間を置いて重ねてはくれるがそれもたった僅かの時間だった。
「そういう、顔…するな…我慢できねぇだろ」
「…ど、んな顔よ…」
胸を強く揉まれる。私の胸はそこまで大きくないのでそんな強く揉まれると痛い。
きっと嘲笑っているに違いない。
笑いたくて仕方ないんだ。
この女は自分のことをわかっていない。
自己嫌悪に陥るときの表情はなんとも綺麗で理性なんか簡単に吹っ飛ばしてくれる。
女の表情一つで理性吹っ飛ばすなんて詐欺師失格だな、と心中で苦笑してしまう。
だが他の女ではこんなに吹っ飛ばない。
他の女のときはなめられたくないから仕方なく、ってことが多い。
あっちも予想外だったのか、「もっと欲しい」と求められたときなんかもう嫌悪感満開だ。
だがその言葉を言って欲しい女は絶対に言わない。
欲しがってるくせに言わない。
だから言わせたくなる。
そんな感情抱かせるなんてただ一人。
吉川氷柱。
ただ一人。
「…あ、ああっ…」
欲しくてしょうがないのは俺も一緒だった。
俺も所詮は単なる男だ。
指で少し中を掻き混ぜただけで奥まで濡れたそこに即行で自身を中に挿れた。
ゆっくり、ゆっくりと味わうように動けば吉川の息はどんどん荒くなっていく。
「…っ…あっ…」
声を抑えようと自分の口に手を添える姿がまた俺の理性を吹っ飛ばす。
いつまで経っても初々しさは消えない。
つくづく、虐めたくなる女だ。
「んっ…ふっ…」
口を押さえる吉川の手を強引に掴みとり、こちらに振り向かせて唇を奪う。
その唇の隙間から聞こえる吐息が厭らしい。
「…んっ…んんっ…」
吉川を限界へと導こうと動かす腰の動作を速める。
それに合わせて吉川から甘い声が出る。
シャワー音なのか交じり合う液音なのか、どちらかわからないくらい水音が室内に響いた。
ある一点に到達すると吉川は悲鳴に近い声をだした。
「…っ…ああっ…」
「…っ…」
俺も同時に限界に達して、吉川の中を満たした。
「さ、最悪…!中に出すなんて…しかも風呂で…」
「いいだろ、後処理めんどくさいし」
「で、できたらどうするの…!」
「できねぇだろ。今日は安全日、だ」
「…あなた…準備万端ね」
「なんでも準備は大事だろ?」
吉川は、ぽすん、と俺の胸の上に頭を押し付けてきた。
「……いつか、跪かせてやる…」
「…お?」
ぼそり、と言った吉川の言葉に俺はぞくりときた。
「いつか、絶対、逆転してやるわ」
「いいね、その意気…」
俺を睨む吉川の目はまた俺の理性を壊してくれる。
どうせ安全日だ。
いくらやったってかまわないだろ。
「…じゃあ、後のベッドでお前、動けよ」
「は!?まだするの!?」
「当たり前」
俺は満面の笑みで吉川に深く口づけた。