バイト先の喫茶店に向かって走っている途中、交差点を曲がる車と接触して
病院に運ばれた。
派手に跳ねられたりとかそんなのじゃなくて本当にただの接触。
ベッドの横から見守ることが多かったけれども見守られることは珍しい。
「………」
昨日も試験勉強でほぼ徹夜状態に睡眠不足だったせいか少し寝ていたらしい。
起き上がろうとすると左足に激痛が走った。
私が起きたことに気づいた医師がこちらへ向かってくる。
「左足、脱臼してるので無理に動かさないでください」
「……あ、そうなんですか」
ふと先生のネームプレートに目がいった。
『藍沢耕作』
どこかで聞いたことがある名前だ。
いつだっただろう…確か母親が初めて病院に入院した時か。
「何かありますか」
「え?」
「ずっと見ているので」
「あ…えっと」
無意識だろうか。彼の顔をずっと見ていたらしい。
少し恥ずかしくなった。
顔は…どこかの傍若無人大家を思い出す。
「藍沢ってどこかで聞いたことがあるような気がして」
私は正直にそう話した。
彼は特に気にすることもなく、ああそうですかと答えた。
「…別に珍しい苗字でもないですからね」
藍沢先生はそう言ってまた席についてカルテを書き始める。
「ちなみに一週間ほど入院していただきますので」
「え」
ど、どうしよう…治療費…!
私の表情が曇った瞬間、くすりと笑う声が聞こえた気がした。
それは藍沢先生のものだった。
「事故なんだから相手が負担するだろ」
「あ、そっか…。じゃなかった…そうですよね」
先生が突然敬語じゃなくなったから私もつられてしまい慌てて言い直す。
「お袋さんは元気にしているのか」
「え…」
突然、母親のことを聞かれて私は驚愕した。
「なんだ、覚えてないのか?」
「あ!」
やはり気のせいじゃなかった。
間違いない。
「耕作くんだったんだ」
「ああ」
藍沢先生、いや耕作くんは私の方を向いて控えめに微笑んだ。
「氷柱がこっちに来ているとは知らなかった」
「私も耕作くんがいるとは思わなかった。よかった、無事医師になれたんだね」
「ああ。今はフライトドクターを目指している」
「フライトドクター?」
「あれ」
耕作くんが窓を示す。私もそこを見た。
空には一台のヘリが飛んでいた。
「ドクターヘリ、あれに乗って患者を治療する医師のこと」
「…そうなんだ」
「まあ、そんなに頻繁に使われるわけじゃないから普段はこうやって普通に医師の仕事をしているけどな」
「すごいなあ…」
「お前はどうなんだ?ちゃんと勉強しているのか」
「し、してるよ…」
「…の割には慌てた反応だな」
「藍沢先生」
二人で会話している途中、一人の看護師が入ってきた。
「病室の方、準備できました」
「わかった。運んでくれ」
「はい」
もう少し話していたかった気もするが仕方がない。耕作くんは今、立派な医師になって忙しいはずだから。
私を見た耕作くんは苦笑して言った。
「まぁ、担当医は俺だから何かあったら言えよ」
「あ…はい」
耕作くんも少し思ってくれたのかな、名残惜しいって。
そんな彼の表情を見た看護師が少し戸惑う表情を浮かべていた。
それを見た耕作くんの表情はすぐに厳しいものに戻った。
「…何してる」
「あ、はいっ…」
看護師は慌てて担架ごと私を運び出した。
一週間の間に不思議な出来事がいっぱい待ち構えていることなどそのときの私は予想していなかった。
1.それは嵐のように