「ねえ」
資料を整理している途中、緋山が話しかけてきた。
大体、内容は想像出来る。
「あんたが今度担当する吉川さんって患者、知り合い?」
ほらきた。
「ああ、そうだ。
研修医の頃に担当していた病院に母親が入院してきて、それがきっかけで知り合いになった」
「…ふーん」
「まだ何か?」
「いや、別に…」
そう言って緋山は渋々と自分の作業へと戻っていく。
「あのさ…」
「どうしたの?」
困った表情を浮かべた藤川が白石に話しかける。
「さっきからなんか怪しい人がうろうろしてるんだけど」
藤川が示した方向を白石が見た。
そこには頭から足元まで黒ずくめの男が何度も往復して歩いていた。
ぶつぶつ、と小声で何か話して入る見たいだが。
ふと男の足が止まる。
そして藤川と白石が座っている受付のところまで歩いてきた。
「あの…すいません。吉川…氷柱さんって方、入院してますか…」
男はぼそぼそと話す。
「あ、はい。えーっと…病室は…」
藤川が病室に案内しようとしたが男はそれを遮った。
「いやいいんです、入院してることがわかれば」
「あ、そうですか…」
「これから用事があるのでまた出直してきます」
男はそう言って去っていった。
それを見送った藤川が言う。
「…なんで聞くだけにあんな時間掛かったんだろ…」
「確かに…」
それに白石が頷く。
検診時間、彼女に俺はあの怪しい男について聞いてみた。
「……え」
それを聞いた彼女の反応は意外なものだった。
少し頬が赤い。
「黒、ずくめだったんだ…」
「ああ」
俺はその反応を見て少し面白くないように感じた。
「知り合いか?」
「うん、たぶん私が住んでるアパートの大家だと思う」
「大家?仲が良いのか」
「全然」
「ならどうしてそんな嬉しそうな顔してるんだ」
「し、してないよ」
「してたぞ」
ため息をついて俺は彼女の腕に巻いたゴムを解く。
「血液、体温、共に異常なしだな」
「午後に包帯取り替えするから」
「わかりました」
午後に包帯の取り替えが終わって私は松葉杖をついて病室へ戻った。
病室の横で黒ずくめの男の人が立っている。
おそらく耕作くんが言っていた男の人だろう。
私にはそれが誰かすぐに理解した。
「黒崎」
「よう」
私が名を呼ぶと黒崎は顔を上げた。
「お見舞い?」
「まぁそんなところだ…ついでだけどな」
「あ、そう…でも病室聞いてたらしいそうじゃない」
「……お前の親友がわざわざ俺に知らせてきやがったんだよ。
別にどうでもよかったんだがたまたま依頼人がここに入院していてたまたま病院が一緒だっただけだ」
「そう。でも次からは堂々としてよね」
「別にもうこねぇからいいだろ」
そう言って黒崎は去っていく。
いつもそうだ。
嬉しいと思えば後から悲しみが少しずつ込み上げる。
彼とはいつもそう。
ついででも来てくれただけでありがたい。
そして言葉通りきっともう来ないだろう。
「何、あの態度」
「!」
突然後ろから声がして私の肩がぴくりと震えた。
私の後ろには女性が立っていた。
耕作くんと同じ格好をしているところから彼女もフライトドクター候補なのだろう。
「素直に見舞えないのかしらね」
「え…あ、でもあの人はいつもあんな態度だから…」
「でも怪我しているときくらい少し優しくなるものじゃない?」
「…そうかもしれないです。でも慣れているから」
私がそう笑って言えば彼女もそれ以上は何も言わなかった。
夕方頃に耕作くんが様子を見に来てくれた。
どうやら黒崎との会話後に話しかけてくれた先生(緋山さんというらしい)が彼に私のことを伝えたようだ。
「…大袈裟だな、あいつも。別に怪我に異常があったわけじゃないのに」
「…そうだね」
「別の意味で大丈夫じゃなさそうだがな」
「え?」
耕作くんは私の頭に手を置いた。
「もしそいつに会うことあったら嫌味の一言でも言っておいてやる」
「…ありがとう」
そう言って彼は病室を出ていった。
氷柱の様子を見た後に一階の売店まで足を運ぶとあの黒ずくめがいた。
たまたま買う物の棚が同じだったせいか二人並んだ。
どことなく人を寄せ付けない雰囲気がある。
なんとなくだが気が合いそうな気がした。
「……何か」
男は気づけば俺を見ていた。
どうやら俺も男を見ていたらしい。
俺は男から視線を逸らす。
「…いや何も」
俺が口を閉じれば今度は男が口を開く。
「あんた、吉川氷柱の担当医か」
「ああ、そうだが」
「………」
それを聞いた男の目が一瞬細くなったのを俺は見逃さなかった。
「何もしない。別に若い女の担当になることなんてそう珍しいことじゃない」
「俺は何もそんなことは気にしていない」
嘘だ。
気にするような視線だった。
この男はきっと俺と氷柱が知り合いであることを知っているのだろう。
「…まぁ、吉川なら別かもな」
俺は試すように呟いた。
「…あんた、趣味変わってるな」
男は苦笑して言う。
「そうでもないさ。吉川はああ見えて結構人気あるんだ」
「……変わった趣味の奴がたくさんいるもんだ」
男はそう言って目的の物を棚から取って足を進めようとした。
「おい」
俺は男を呼び止めれば男が振り向いた。
「俺も人のことは言えないが心配なら心配と素直にならないと後悔するぞ」
俺がそう言うと男は睨んできた。
「どんな態度を取ろうが俺の勝手だ。あんたには関係ない」
男の殺気立った声に対しても俺は怯まず言葉を続ける。
「確かに関係ないな。だが吉川はそれなりに付き合いが長いんだ。傷ついている様子を見ていればお節介もしたくなる」
「………」
男は黙ってそのままレジへと進んだ。
その様子を見て俺はくすりと笑った。
これはしばらく退屈しなさそうだ。
氷柱は男はもう来ないと言っていたがおそらくまた来るだろう。
偶然を装って。
氷柱に気がないと言えば嘘になる。
放っておけないのは本当で一時期彼女に恋に近い感情を抱いていたこともあった。
だが一人前の医師になることが優先だったため、そんな恋愛感情も彼女と会わなくなれば自然と去った。
また彼女も家庭のことがあって恋をするどころではなかっただろう。
彼女はきっと彼のことが好きなのだ。
恋は女を綺麗にする、緋山がいつか白石にそう言っていたことを思い出した。
あながち間違いじゃないだろう。
ならば。
昔よしみの仲だ。
少しだけ彼と一歩近づけるように仕向けてやろう。
そんなことを考え付いてしまうあたり、自分も少しは感情的なものが出来たものだと俺は思った。
2.賽は投げられた