退院まであと三日。

リハビリのつもりで廊下を歩いていると緋山先生と白石先生に会った。
緋山先生は黒崎との一件以来、よく話すことが多い。
白石先生は緋山先生と比べて話す機会は少ないけれどなんとなく彼女の方が話しやすい。
三人で長椅子に座り、雑談をする。

話題は耕作くんのことになった。

「ねえ、研修医の頃のあいつってどんな感じだったの?」
「…そうですね、今とそんなに変わらなかったかと」

彼と初めて会った時から冷静沈着で研修医の中では一番に医師からは信頼が置かれていた。
会話するようになったのは母親が入院中に病院の中庭でこっそりと泣いていたところを見られたことがきっかけだった。
私が泣き止むまで無言で彼は立っていた。
少しずつ話をしていく中、私は彼に惹かれていった。
恋だと自覚した頃、彼はもう母親が入院していた病院にはいなくなっていた。

彼が黒崎に似ていたんじゃなくて黒崎が彼に似ていた。
好きになる人は初恋の人にどことなく似ているとよく言うがその通りだなと思った。
黒崎はもっと厄介な方だけれど。

二人には黒崎のことは伏せて、耕作くんとのことを話した。
初恋の人だと知ると二人の目は面白いほど見開いた。

「…今は?」
我に戻った緋山先生は思わずキスしてしまうんじゃないかというくらいに迫って聞いてきた。
「今は違いますよ」
「そっか」
私の答えを聞くと緋山先生は退いて、今度は白石先生の肩をぽん、と叩いた。
「よかったじゃない。危うく強いライバルが現れるところだったわね」
「…っ…私はあの人のことなんとも…!」
話を振られた白石先生は手に持っていた紙コップをつぶしそうになった。
「…ん?あれって…」
白石先生が顔を向けた方向には耕作くんと黒崎がいた。
「ああ…いつぞやかの黒ずくめ」
緋山先生が苦笑しながら言う。

私は遠く見える二人を呆然と眺めていた。
もう来ない、と言っていたはずなのに。
いや、違う。
私は首を振った。
依頼者がこの病院に入院している、そう言っていた。
もしかしたら依頼者がこの階の病室に移ったのかもしれない。

「ふーん…なんだかんだ言いながら心配なわけね」
緋山先生はにやにやと笑い、その隣では白石先生が優しい笑みを浮かべていた。
違うというのに。
二人を見ながら私は苦笑した。




長椅子に座って、女の医師二人と話しているあいつを見た。
特に変わりなく過ごしているようだった。
ああ、あと三日だったっけな。
俺の静かなる日々とももうすぐさよならのようだ。
退院祝いに家賃もらいに押し掛けにでも行くか。
そう考えて歩いていると反対方向からあいつ以上に会いたくない人間とすれ違った。
確か、藍沢と言っただろうか。
吉川の担当医をしている男だ。
俺はあの男が苦手だった。

「…どうも」

避けようにも相手と目が合う方が早かったため、仕方なく挨拶をした。
相手も、ああどうもと返してくる。

「…もう来ないんじゃなかったのか?」
藍沢は嫌な笑みを浮かべて言う。
「……同じ階の別の病棟に入院している人に用があったんで。自動販売機、こっちの病棟しかないでしょう?」
俺は無表情のまま答えた。
「…でも氷柱のことを見ていたようだったな?」
「……!」
さすが医師とでも言うべきか観察力は鋭いものだ。
それと同時にあいつのことを下の名前で呼んだことに若干イラつくものがあった。

「…なんだよ、もしかしてあいつに惚れているとか?」
いらつきを隠すように俺は薄笑いして言った。
するとあっさりと藍沢は肯定した。
「ああ、惚れてたな。初恋だったかもしれない」
「……再熱ってわけですか」
「かもな。でも氷柱本人はお前に気があるみたいだしな」
「…俺はいい迷惑だけどな。いっそあんたにいってくれたらいい」
「……いいのか?」

にやり、と藍沢は笑い返してきた。
俺はもう引き返せないと思って大人気なくむきになり、そうしてくれと言ってその場を後にした。





「…恋のキューピット役とか似合わないことするんだね」
あいつの背中を見送った後、気づけば白石が隣に立っていた。
「たまには、な。あいつのためじゃない。吉川のためにな」
「ふぅん…」
「妬いてるのか?」
「はっ!?ま、まさか…そんなわけないでしょう!」
からかうつもりで言った言葉に白石は予想以上の反応をしてきたので俺はそれに少しだけ驚いた。

黒崎はしっかり氷柱の元に行っていて彼女が転びそうになったところを助けていた。
俺の挑発を彼はちゃんと受け止めていたようだった。
その様子を見て、俺は小さく微笑んだ。




―三日後。

退院する日、なぜか私は黒崎の車に乗っていた。

病院から出てくるなり黒崎が待ち構えていてささくさと私を車へ放り込まれたのだ。

「…ちょうど家賃納金日だったからな」
「…見ての通り、入院していたんだから今月も滞納になるんだけど…」
「………」

私の言葉を聞いて黒崎は黙った。
そして片手で後ろ髪をわしわしと掻いてため息をひとつついた。

「…あー…その、なんだ。お前、退院っていっても…その…あれだろ。
 足は完治してねぇんだから、よ…」
「…え」
「…たまたまだぞ。たまたま…そうたまたま。仕事が終わった後、そういやお前の退院日だったなーとたまたま思い出してだな…」
「……」

照れながらたまたまを連呼する黒崎を見て私は笑みを浮かべた。
「ついででもなんでもありがとう」
「…なんだよ、やけに素直だな。気持ちわりぃ…」
「気持ち悪いのはあなたの方だと思うけど」
「…うるせ」

なんだかんだいって心配してくれた黒崎に感謝しつつ私は重くなった瞼を閉じたのだった。




3.もちもち