その男の執着ぶりは恐ろしかった。

逃げて、と言ってあげたかった。

本当のあの子を知っていたなら。
本当のあの男を知っていたなら。

こんな悲劇、起きなかったのに。

ああ、あたしはどこまでも結局、弱虫なんだ。

ごめん、小谷。




「ねぇ、バンドー」

いつもどおり、小谷をどうからかってやろうかと計画を練っていたところに意外な人物が来た。

「なんだよ、草野じゃん。なに?」
「あのさ、小谷のことだけど」
「ああ…」

草野は一度、あたしたちから小谷を庇ったことがある。
だから小谷の唯一の味方だと思っていた。

しかし。

「ねぇ、小谷のことをさ…徹底して虐めてくれないかな」
「は?」

唯一の味方じゃなかったのか、と口が滑りそうになった。

「…どうして?」

あたしの反応は当たり前だ。
他の連中も戸惑っている。

「あんた…どうしてあのとき、止めたの?」
「…あのときは本当にただ助けたかった」

コツコツ、と階段を降りる靴音が冷たく鳴り響く。
あたしの頬にはうっすらと汗が一筋垂れた。

「俺さ、小谷のこと、好きなんだ」
「…へぇ…なら助けるのに納得いくよ…」

なら、どうして。
どうしてそんなこと頼む?

「…好きなんだけど、俺自身の手じゃ手に入らないんだ」

にっこり、と笑って残酷な言葉を言う。

「あたしたちに汚れ役になれと?」
「うん」

要するに簡単な話だ。

あたしたちが小谷をいつも通りからかって、それを草野が止める。
それで小谷を自分に惚れさせる。
定番のやり方だ。
でもこの男は知っている。そんな汚い、弱い手段であの女が手に入らないことを。

「…嫌」

そんな汚れ役受けたくない。
小谷もそんなことで恋なんかしたくないだろう。

「俺が臆病者なこと、クラスの連中さ、お前含めてみんな知ってるじゃん」
「だったら尚更だよ。実力でやりなよ。あいつ、一人なんだからちょっと言葉かけただけでころりいきそうじゃん」

そう、あたしが言った何気ない一言があいつの本性を暴かした。

ゴン!!

壁にあたしの体が強く押し付けられる。頭まで打ってしまったら間違いなく死んでしまう。

「お前、馬鹿?」
「…っ…」

あたしを見下すその瞳…そうだ、これが草野彰の本性だ。
草野は一見明るく馬鹿で臆病者に見えるがクラスの連中をたまに冷たい目で見ることがある。
一度、それを見た瞬間、体が動かなくなった。
まるで殺人鬼に見つかった瞬間のように。

今、その目があたしを見ている。

「小谷はお前の知らないところでどんどん、人気になってるんだよ。ラブレターさえもらうくらいに」
「……あ」

そうだ、シッタカ。
あいつ、確か小谷のことが好きだったんだ。
そうだ、最近、みんな小谷のことに興味持ち始めている。
シッタカだけじゃない。
何気に男子の一部が小谷に惚れていることを思い出した。

「…俺だけでいいんだよ」

汗が止まらない。
助けて。助けて。

草野を除いてその場にいた全員がきっと思っただろう。

だけど逃げられない。

「俺だけでいいんだ、小谷を見ていいのも、小谷に触れていいのも、小谷の声を聞いていいのも」

「臆病者だよ、俺は。こんなことしないと…」

「俺だけのものにできない」

そう草野が冷たく笑って言った瞬間、あたしは首を縦に頷くしかなかった。


ごめんね、小谷―

あたし…もうちょっとあんたのこと見てればよかった…。

そう思うには遅すぎた。



あたしたちは旧校舎の倉庫にあいつを呼び出した―