『ごめんね、小谷』

薄れゆく意識の中、彼女の小さな謝罪声が聞こえた気がした。
どうして今頃謝るのかそのときはわからなかった。


「の、野ブタ、どうしたんだよ?その傷…」
屋上にいつもどおり現れると修二と彰が息を荒げながら走ってこっちに近づいてきた。

「……転んだ」
そう、ぼそりというと二人そろって溜め息をついた。
嘘は、ついていない。
逃げる途中、本当に転んでしまった傷が一番派手だ。
彼女達はいつもなら容赦なくからかってくるのにあの日はためらいがあった。
私を傷つける手が震えていた。

「…今日はプロデュースはお休み。野ブタ、休めよ。最近頑張りすぎてる気がするから、な?」
修二が優しく私の肩に、ぽん、と手を置いた。

うん、と私は頷くしかなかった。




坂東たちにやられたのだろう。
しかし、その傷跡はいくらなんでもやり過ぎなのが目に見えている。
野ブタに気づかないふりをして俺は休むように促した。
あいつの肩に、ぽん、と手を置いた瞬間、鋭い視線を感じた。

彰だ。

そうだ、彰は野ブタのことが好きだ。
狂っているくらい好きだ。

人に対して俺以上に冷めているこいつが唯一心を開いているのは俺と野ブタ。
そして野ブタには人間関係以上の感情を抱いている。

男子が野ブタのことを一言でも話しようものならあいつの目は鋭くなる。

だが彰は鋭い視線を送るだけで後は冷静だった。
あいつだって誰からかされたことに気づいているはずなのに。

「…なぁ」
「修二くんにはまり子ちゃんがいるでしょ。野ブタは俺一人で守るよ」

帰り道、そうあいつは言った。
そう、まり子と俺はまだ一応付き合っていることになっている。
最近はまり子といるよりこいつらといる方が凄く楽しくて、彼女といることに罪悪感を感じていた。

「一緒に…いてあげなよ」
「わかった…」


プロデュースを野ブタの体調が戻るまで休止することになった。
俺は今までの時間を埋めるようにまり子と一緒に過ごすことにした。
彰なら大丈夫だろう。

その安心感がいけなかったんだ。
あいつを野ブタの側にいさせてはいけなかった。

そうしたら、真実は―




「野ブタ、傷、痛む?」
「ちょ、ちょっと…」

ぷいっと野ブタは俺から視線を逸らす。
ちょっと、なわけがない。
俺は徹底してやるようにバンドーたちに頼んだ。
少しやり過ぎなようだが…そこは仕方ない。

俺は野ブタの耳元に唇を近づけた。
野ブタの肩がびくりと震えた。

「野ブタ、バンドーたちにやられたんでしょ?」
「……」

小声で野ブタにそう尋ねるとしばらく間を置いて、こくりと小さく頷いた。

そう、修二くんには立場があるから素直に言えないのだが俺にはこうして素直に言えるのだ。
だから奴らを利用した。

ごめんね、野ブタ。

こんなことじゃなきゃ俺は君を手に入れられない。
そうでもしないといけないほど君に依存しているんだ。

「彰、助けて」

小さく呟かれたその言葉に俺はそっと耳を傾けながら小さく微笑んだ。

「うん」