「…とまぁ、そんな感じで…」
「そうなんですか?ふふ…」
たまたましおりさんと街中で会った。
彼女は今から図書館の仕事らしい。
手紙のこともあったが、なんとなく気になって送っていくことにした。
上司からも同僚からもたまには休め、と言われていることだし。
正直、彼女とは事件以外のことでこうやって話したことがなかったこともあって、
ちょっとだけ話してみたいと思っていたのでこうやって会って話せて嬉しい。
話していて思ったのだが、彼女は人を和ませる才能があると思う。
愛しくも思う。
だが自分は恋などしてはいけない、と思う。
自分の中で忘れてしまっている、
だがいずれ思い出すであろうと思われる記憶の欠片がきっと邪魔しているからだ。
それに…。
「あ…」
彼女が突然立ち止まる。同時に俺も立ち止まった。
彼女の目線の先には―
「成瀬さん!」
「おや…」
仕事終わりなのだろうか、ビルから成瀬さんが出てきた。
このビルは確か彼の事務所があるビルだったはずだ。
そうだったなら彼と会うのも当然だろう。
どうしてだろう。
この人と会うと居心地が悪くなる。
たぶん俺の性格的に考えると真面目な彼とは合わないからだろうな、と心中で苦笑した。
しおりさんは俺の存在も忘れたかのように成瀬さんに駆け寄る。
成瀬さんも嬉しそうに微笑んでいた。
俺はその微笑みを見て少しだけ違和感を感じた。
“天使の弁護士”と呼ばれている彼だが視点を変えれば“悪魔”だろう。
あの微笑みが身を凍らせるほど恐ろしいものに見えることもあるだろう。
俺はどちらかというと後者の方だった。
しかし、今はどうだろう。
心底嬉しそうに、そして儚そうに微笑んでいる。
ああ、そうか。
俺は何かに納得してゆっくり二人の元へ歩いていく。
「芹沢さんもいらっしゃったんですか。…ということはまた何か?」
どうしてか彼の前だと言葉がうまく出てこない。
だけど今は。
「今日、オフなんです。それでぶらり歩いてたらしおりさんとたまたま会って、
それでせっかくだから図書館まで送っていこうと思いまして。」
意外にも口が饒舌に動いた。
本当は事件以外で彼女と話してみたかった、という本音はもちろん隠した。
「そうですか…ああ、そうだ。お二人がよろしければ僕もご一緒していいですか?
図書館にちょうど用事があるので今から向かおうと思っていたところなんです」
「ほんとですか!あ、でも刑事さん…」
「え?…俺は全然かまわないっすよ」
不思議だ。
この三人で歩いていることが。
しおりさんがいるおかげか意外と三人でも話ができた。
そして成瀬さんも意外と面白いことを話すことも知った。
意外とこの人、苦手じゃないかもしれない。
そう思い始めていた頃、成瀬さんが意外な一言を発した。
「でもちょっと悔しいな」
「え、何がですか?」
成瀬さんは少し意地悪い笑みをしおりさんに向かって浮かべた。
「…僕の方からお迎えに行こうか、と思っていたのですが…。意外な方に先を越されてしまいましたね」
「えっ…ええ…」
なぜか俺の方が動揺してしまった。
それから後にしおりさんの顔が赤くなった。
な、成瀬さんってやっぱり…?
心臓の鼓動がどくどく、と速くなっていく。
ああ、そうだ。
間違いない。
図書館に着いて二人と別れた。
二人が仲良く微笑みながら中に入っていく様子を見て俺は少しだけ苛立ちを感じた。
彼女の隣を自然と歩く彼が少しだけ羨ましくもあり、妬ましく思いながら俺は拳を強く握り締めてその場を後にした。
+
今日の仕事を終わらせて荷物をまとめているときだった。
ふ、と彼女の顔が見たくなった。
許されない、と思っていても彼女といるときだけが唯一“人間”としていることを許される時間のような気がしたからだ。
たまには次の計画以外で図書館を寄ってみるのもいいかもしれない。
本自体を読むことは嫌いではない、むしろ好きな方だ。
ちょうどこの時間なら図書館にいるはずだろう。
今日は何を話題にしようか、と思いながら事務所を出るなり、声がした。
「成瀬さん!」
「おや…」
会いたかった人に会えてつい自然と笑ってしまう。
しかし、隣にいる人間を見てすぐにそれも冷めた。
芹沢直人。
憎むべき男。
奴がなぜ彼女の隣にいる?
奴が彼女を利用していることは知っている。
しかし、この様子だとどうやらそれ以外で一緒にいるようだ。
まさか?
自分に許されないのに奴には許される?
そんなことあってたまるか!
今にも溢れ出しそうな憎しみを抑えながら奴を含めて彼女と三人で図書館まで歩くことにした。
意外にも苦痛ではなかった。
本当に愚かな人間だ。まるで警戒心がない。
よくそれで刑事が務まるものだ…と内心苦笑した。
奴とは図書館に着くなり、さっさと別れた。
背後から奴の視線を感じたが気にすることなく彼女に微笑んだ。
「ああ、そうだ…しおりさん」
「なんですか?」
「今日の帰りにせっかくですから喫茶店にも寄りたいので…。もしよろしければ終わるまでお待ちしてもいいですか?」
「え…」
「いけませんか?」
「いえ!嬉しいです!ふふっ…」
「……」
彼女が嬉しそうに笑う。
それを見るだけで癒される。
同時に少し心が痛むことには気づかないふりをしよう。
奴も言っていたが休息をとることは確かに大切なことだ。
+
閉館時間が近づくにつれ、人も少なくなってきた。
というより、ほぼいないに近い。
もう貸し出す人もいないだろう、と思って、カウンターを抜け出し、適当な席に座る。
ああ、夕日が綺麗だ。
ぼうっとしばらくそれを眺めていると眠気が自然と襲ってくる。
駄目だ。
だって彼と約束しているのに。
貴重な彼からの誘いなのに。
だけど睡魔の誘惑には勝てなかった。
ああ、私の彼への想いなんてそんなものなの?と自分を責めた。
しかし、眠ったのはほんの数分だけだったようだ。
少しずつ意識を取り戻し始めると背中に温もりを感じた。
視界に移ったのは見慣れたスーツのジャケット。
そして…髪の一房が動くのを感じ取った。
虚ろな目のままで目線を上にやると誰かが私の髪に口付けをしている。
それが誰だったかは視界がぼやけていて見えなかったけれど。
Lament