モノクロームの街の中、君だけは色を持っていた


クロサギ。

黒鷺。

黒崎。


自分を意味するものは全て黒だった。

あの女と出会うまでは。


俺が作り上げた黒い空間にたった一つ白色が浮ぶ。


それがあの女だ。


早く出て行け、この空間にあっていいのは黒だけだ。


そう言い聞かせていったのに初めは隅にいた白はどんどん核心へと近づいてくる。



あの女の体を引き寄せている地点で俺はようやく気づく。


白を核心へ引き寄せたのは自分だった。

そしてその白を閉じ込めてしまおうと。


+

差し出されたその手には、一片の打算もなく


幸せを、人の温もりを、望まない奴に手を差し伸べた所で私に何の利点があるというのだろうか。

それでも放って置けない。

あれだ。

箱に捨てられた子猫を見ている気持ち、あれと一緒なんだ。

飼えないのに抱き上げてしまう。



「…吉田さん、いつまで握ってるつもりなんですか」

「…わかんない」

「…なんだそれ」



男も私の手を振り払わなかった。

無意識だろうか。

私が男の手を握った力より男が私の手を握った力の方が強くなっていくのを感じた。


+

あの日あの時あの場所で、君だけが僕を見つけてくれた


あの男がいなくなったら私は必死で探すと思う。

どんな意味であれ、あの男を捜す人間は私を含めてたくさんいる。


じゃあ、私は?


私が突然いなくなったら探してくれる人はいるのだろうか。
誰もきっと探さないだろうな。


だって誰からもそんなに大切に思われてると思ってないから。
不思議に思われるだろう。でもそこで終わり。


あの男なんて絶対捜そうともしないだろうし、私がいなくなったことを誰よりも喜びそうだ。


そう分かりきっているからこそ、涙が頬を伝う。


「…馬鹿だな、私…。」


ちょっと試しに理由なしで小さな旅に出てみたはいいけど、携帯には誰からも連絡が来なかった。

思っていたことが当たっただけなのに。

それなのに泣いてしまって思わず苦笑してしまった。



「吉田ぁ。」



絶対にありえないって思っていた声が背後から聞こえて、私は驚愕した。

足音が私に近づいてくる。


「お前、ほんと痛い奴だよな。」

「………。」


私はただ無言で彼を見上げて見ることしか出来なかった。

私の隣に彼がどすんと音を立てて座る。


「…何か言えよ、吉田。何も反抗してこないなんて気味が悪いんですけど。」

男の皮肉さえも今は愛しく思ってしまう。

いつもと違う私の態度に男は戸惑いながら自分の後ろ髪を掻いた。


「てかお前、また先月の家賃払ってないだろ。」


そんな理由でもかまわない。

私を探してくれたなら。


私は無言で彼の腰にしがみついた。

彼は一瞬だけ驚愕したけれど、私を離すことなくただぎこちない動きで私の背中を撫でる。


「……吉川?」


ありがとう。

男に聞こえないように私は小声で呟いた。


まだ微かに涙は残っていたけれど、私はそのままの顔で男を見上げて見た。

男の目が僅かに細くなって、そしてゆっくりと私に向かって下りて来る。


私の瞼が自然と閉じた瞬間、私と彼は一つになった。








吉田。
お前も人のこと言えないよな。
俺から見たらお前も十分気まぐれな猫だよ。


なんでだろうな。
俺がどんなところへ行こうともお前は俺を見つけると思うんだよ。
そして見つけられて俺は喜ぶと思う。


だけど、俺はお前を見つけ出す自信はない。


お前は時々予想がつかない大きな落とし穴を準備してくれるからな。


あいつの親友にもあいつのバイト先の店長に聞いてもあいつの居場所は知らないと言う。

正直に薄情者たちだと思った。

どうしてあいつばっかりが他人に捧げて、どうして他人は、俺は、あいつに何一つ返してやらない?


あいつも返されることがないことを分かっているから、余計に見ていて苛立つ。



例の風車のある草原にいけば、案の定あいつがいた。

どう声をかけようかと考えているうちにあいつの横顔を見て、俺は言葉を失った。



予想通りにあいつは泣いてはいたが、いつもと違って眩しく見えた。

同時に心に少しの痛みを感じた。



なぁ、吉川。

お前、今、何に悲しんでいる?苦しんでいる?


俺?それとも自分?


今のお前の涙を流す理由が分からない。

ただ一つ言えるのは。


消えてしまいそう。


風に靡く草原があいつを攫わないうちにあいつを連れ戻さなくては。

お前の居場所が違うだろ。泣く場所も違うだろ。


ああ、分かったよ。

CIKで寂しがり屋の吉川さん。

しょうがないから俺が気づいてやるよ。




「吉田ぁ。」


+

マジョリティに抗する程の勇気もなかった自分


あいつのやっていることは間違ってはいない。

けど正しくも無い。

そう思っていてもまだ世の中のちっぽけささえ知らない私には何も言えない。


だから貴方に届かないのよね、私の言葉は。


でも今はいいの。


いつか追いついてやるわ。追いついて捕まえる。


強引にでも私に振り向いてもらうわ。




「ばーん」


「なんだよ」


「真似してみたかっただけ」


「なんだそれ」



今はあなたを標的に定めることしかできないけど。


+

素のままの自分が好きだと、そう告げてくれたから


「なぁ、お前は俺のどこに惚れたんだよ」

「なに、急に」

「いやなんとなく」



「じゃあ、私もなんとなく」

「なんだ、その適当」

「だって私だってどうしてなのかわからないもの」

「…なんだよ、それ」



「好きな相手がたまたま詐欺師だったってことしかわからないわ」

「………」

「……最高の殺し文句だな」
「は?」


+

生きる理由を与えて、生きる意味を教えて


泣いてそのまま誰かが何かしてくれるって信じて甘えてる奴より復讐でもなんでも生きようとしているだけまだマシだと思っている。


家族なんて失う前からもう崩れそうになっていたし、それが予想外にも早く崩れてしまっただけだ。


今、自分がしようとしていることは復讐でもなんでもなくてただ生きる理由としたいだけかもしれないとたまに苦笑する。


だけど最近、別に理由があるんじゃないかって考えてしまう。


例えば、隣の貧乏疫病神女子学生の存在とか。


あいつとあいつの親友は俺を好きだと言う。

親友の方はただの錯覚だと思っているがあいつは錯覚じゃないような気がする。

どうせ二人共同情なんだろ、勝手に盛り上がってろよ。
さぁ、青春を謳歌するといい。だけど相手を選べ。

なんてつい先日までは本気で思っていた。


だけどあの女はどんなに冷たく離しても離れない。

名前は氷柱なくせに本人はちっとも冷たくない、暑苦しい。

名前のとおり、冷たかったらどんなに楽だったか。



しかし、あの女が現れてから一日一日を感じるようになった。
ああ、俺、生きてるって。
俺もある意味、青春謳歌中って感じなような気がした。


なぁ、吉川さん。あんた、気づいてる?


「吉田さぁん、家賃〜」

「ちょっと待ってよ!」

「…お前、ある意味詐欺師になれそうだよな」

「冗談でもやめてよ」

「お前が詐欺師になったらさすがの俺でも喰えそうにないな」

「だからそういうの…」


「まぁ、しっかり喰わせて頂きますけどね」

「…え?ちょ、ちょっと…顔が近いっ…!」



お前との何気ないやり取りが何より生きているって実感が沸いてるってこと。


+

暖かいその光は、凍えた心をすっかり溶かしてしまった


俺が冷たいと言うなら冷たいんだろう。

だからなんだ、俺が選んだんだ。
元から優しい人間じゃない、磨きが掛かっただけだ。

俺に好意を持つ人間なんて二つのタイプしかない。

好奇心と同情。

どっちもくそくらえだ。

俺を応援してる女とか俺を絶対捕まえてやると宣言する刑事とか、マジうざい。

ああ…どれもこれもあれだ、全部あの隣人のせいだ。

なのに肝心な隣人は俺を好きだと言ったくせに応援することもないし、励ますこともない。
そりゃそうだ。あいつの目指しているものは俺にとっちゃ敵だから。
あいつだってそれを分かってるから。

分かってるくせに泣くし、うるさいし、干渉するなって言ったって干渉してくるし。

本当にいなくなって欲しかったんだ。

俺の心を覆う氷が簡単に溶けていきそうで恐かった。

“氷柱”って名前の癖になんで暖かいのか分からない。

いなくなって欲しいのに、俺のこの手はあの女を求めている。

矛盾ばかりで苦笑してしまう。


どうせならこの際、とことん溶かしてもらおうかなんて考えた。


+

君がいなけりゃ、何の意味もない


「にゃあ」
猫が悲しそうに鳴いた。
俺以外には懐かないこの猫は俺の前でさえもこんな鳴き声、出したことなかった。

猫がずっと見つめているのは壁だった。

「…帰ってくるって…」

俺は適当に猫にそう言いながら猫の身体を撫でる。
そう繰り返して何時間経っただろうか。
猫はまだ鳴き続ける。

「…帰ってくるって言ってるだろ」

果たしてその言葉は本当に猫に対して言ってるのか。
俺自身、わからなくなってきた。

隣人にはいつも通りの皮肉で「早く家賃払って出ていけ」って言った。
あいつもいつも通り、「出て行きません」って強がって言い返すんだろうと思った。

だけど、そのときだけ俯いて、顔を上げたらまた涙目で。

『やっとあなたのお願いが聞けそうだわ』

そう言って、笑った。

笑ったんだ。

体が凍りついてしばらく動けなかった。

次の日の朝、あいつは本当にいなくなっていた。

部屋を開けてみれば本当に何も無かった。

あいつの言うとおり、これでよかったんだ。

俺は自分の部屋に戻って、ベッドの上に倒れてから天井を見上げた。

そして今に至る。


猫を寄せて抱きしめた。
少しだけあいつの甘い臭いがする。
きっと朝、餌をやったのだろう。

「……家賃くらい払っていけっつーの、なぁ?」

猫に向かって俺は愚痴り出す。
猫はただ鳴いて返事をするだけ。

視界が少し歪んでいるのはきっとゴミが入ったからだ。
俺には涙なんてあんな綺麗なもの流せはしない。

猫を抱きしめる力を少し強くした。


「……吉田…」


『吉川です!』


ああ、俺ヤバいわ。
幻聴まで聞こえ始めた。
あいつのせいで俺までCIKじゃねぇか。


「…帰って、来いよ…吉川氷柱さん…」


+

君が居ることで、僕は心の均衡を保っていられる


復讐だけ考えて、憎しみでなんとか歩いてきた。

前だけしか見ていなかった、いや見れなかったんだ。

だけど今は。

振り返られる。

前までは振り返れば思い出す、全てを失った日々。

だけど今はそこにあるのは白。

白い地面に映るのは一人の影。


『あなたはひとりじゃないから』


そう言って、微笑む女の顔。


それを見ると酷く落ち着いて泣きそうになる。


女と俺の道は平衡でしかないけど、それでいい。


後ろにお前がいる限り、迷いはないさ。


+

君には一生敵わないのだろうと、喜びによく似た諦めで、笑ってしまった



「私がいつか捕まえてみせるから!」

「何年になっかなぁ、てか俺生きてんのか?」


振り向いて打とうとすれば、既に相手は打つ準備が出来ていた。

これが西部劇なら俺はもうこの世にいない。


「ばぁん!」


これまた、随分と嬉しそうに笑って下さることで。


「……」


ほんと参ったよ。お前には別の意味で一生敵わない。


でも、不思議と悪い気はしなかった。







「やっぱ無理だろ」
「なんで?」
「だって今、先に俺が捕まえてるから」
「へ?」
「毎度あり」
「!!」